Kunihiko Sato

Bodies

 

2016

Photography

 

都市に無数に存在するグラフィティ。タグと呼ばれるそれらの落書きは、何かメッセージがありそうな筆記体で描かれているが、その多くはボードリヤールが指摘するように、グラフィティ・ライター( =作家)の間でしか認証されない、タグネーム(=ライター名)を書き記すだけの、何の意味も持たない視覚的な記号である。意味ありげなアルファベットの羅列も(BNEなど)、監視の目をかいくぐりスピーディに行為を遂行しようというなかで、ひとつながりのエアゾールの線へとメタモルフォーゼしていく。「意味」が公共空間に落書きをするという「身体行為」を通じて、意味をもたない「視覚言語」へと変わっていくのだ。これらのイメージは、それらグラフィティがもつ意味や記号としての側面を判別不能なまでにトリミングし削除し、むしろ彼らの「身体行為」と、描かれる側の「公共空間」とのインタラクションを抽出しようという意図で作成している。彼らは、法的にも物理的にも公共空間を横断してタギングしていく。そこには現前のモダンな都市空間における人と空間の主客の関係とは異なる、もっとエコロジカルな環境と人の関係、相即性がないだろうか。